終末時計しゅうまつどけいとは

投稿者: | 2018年2月9日

アメリカの科学雑誌『ブレティン・オブ・ジ・アトミックサイエンティスツ』が毎号表紙に掲げている「地球最後の日」までの時間を表示する時計。核戦争の危機を訴え,1947年に初めて登場。米ソ冷戦の終結を迎えて,90年4月号では針を4分戻し,終末 (午前零時) 10分前とされている。時計の針が動かされたのは,初回から数えて今回で 13回目。このうち針を戻したのは6回であるが,米ソの対立が激化した 84年には破滅3分前に迫った。しかし 87年の米ソ首脳会談で6分前に戻された。なお 89年 10月号からは,環境問題も時刻の基準に加えられるようになった。

人類が滅亡する「地球最後の日」を午前零時とし、それまでの残り時間を象徴的に示す時計。米科学誌「ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ(原子力科学者紀要)」が、1947年以降、核開発や戦争、環境破壊などへの警告を目的に、定期的に残り時間を発表している。午後11時45分頃から午前零時頃までの部分を切り出した絵で表現され、核戦争などの危機が高まると針が進み、遠のくと戻る。これまでに22回修正され、直近では2017年1月、残り2分半まで進んだ。同誌はこの理由として、核戦力の増強を唱えるドナルド・トランプの米大統領就任や、北朝鮮の核実験などを挙げている。

「ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ」は、原子爆弾を開発した「マンハッタン計画」に参加した物理学者、ユージン・ラビノビッチらによって、1945年に設立された。終末時計は、米国と旧ソビエト連邦が冷戦状態にあった47年、残り7分で誕生した。米国が前年に水爆実験を行い、ソ連も核実験を実施した53年、残り2分と最も終末に近づいたが、両国の緊張関係が緩和するにつれて徐々に針が戻り、米英ソが部分的核実験禁止条約に調印した63年には、残り12分となった。その後も針は前進、後退を繰り返し、90年には冷戦の終結を受けて残り10分に、更に翌年、米ソが軍縮条約に調印すると残り17分まで戻った。この時が、最も終末から遠のいた時期となる。それからは、主な出来事を挙げると、インドやパキスタンの核実験(1998年、残り9分)や、北朝鮮・イランの核開発問題(2007年、残り5分)と進み、米バラク・オバマ大統領(当時)による核廃絶運動(2010年、残り6分)と戻ったが、その後は東日本大震災による福島原発事故の影響(2012年、残り5分)、ウクライナ危機(2015年、残り3分)と終末に近づいている。

終末時計自体は概念的なものだが、米イリノイ州のシカゴ大学にオブジェがある。

人類の滅亡までの残り時間を象徴的に表す時計。核戦争や原子力利用の失敗などによる危機を警告する目的で、人類が滅亡する時間を午前0時とし、それまでの残り時間を「0時まで何分」という形で示す。世界終末時計ともいう。アメリカのシカゴ大学で、終末時計のオブジェが管理されている。アメリカの科学誌『The Bulletin of the Atomic Scientists(原子力科学者会報)』が、1947年に表紙に「残り時間7分」として終末時計を初めて発表した。以降、核問題による緊張だけでなく、地球環境問題なども時刻の決定に反映させて、残り時間を毎年公表している。。

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